最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)347号 判決 1978年4月20日
上告人
バンコツク・バンク・リミテド
右代表者
キン・ソブンパリツト
日本における代表者
パイブーン・インカワツト
右訴訟代理人
小中信幸
外二名
被上告人
櫻井晃
右訴訟代理人
江谷英男
外四名
被上告人
宇佐見星
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小中信幸、同外山興三、同長岡敏満の上告理由第一点について
原審の確定したところによると、訴外高春木は、同人が代表者である訴外インターナシヨナル・コンストラクシヨン・アンド・エンジニアリング・カンパニー・リミテツド(以下「訴外会社」という。)の上告人香港支店に対する当座貸越債務を担保するため原判決別紙債権目録13579の各定期預金(以下「本件定期預金」という。)証書の裏面元利金受領署名欄に日付空白のまま署名し、これを右支店に交付して担保設定契約をしたというのであるから、これは債権質設定契約にあたるものと解すべきである(以下「本件債権質」という。)。
そこで、本件債権質に適用されるべき法律について考えるに、わが法例一〇条一項は、動産及び不動産に関する物権その他登記すべき権利はその目的物の所在地法によるものと定めているが、これは物権ように物の排他的な支配を目的とする権利においては、その権利関係が目的物の利害と密接な関係を有することによるものと解されるところ、権利質は物権に属するが、その目的物が財産権そのものであつて有体物でないため、直接その目的物の所在を問うことが不可能であり、反面、権利質はその客体たる権利を支配し、その運命に直接影響を与えるものであるから、これに適用すべき法律は、客体たる債権自体準拠法によるものと解するのが相当である。したがつて右と同旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
前記のように、本件債権質には客体である本件定期預金契約上の債権の準拠法が適用されることとなるが、その準拠法を決定するには、まず法例七条一項に従い当事者の意思によるべきところ、原審の確定したところによれば、当事者の明示の意思表示を認めることはできないが、上告人(本店所在地タイ国)東京支店は、当時日本に居住していた華僑の高春木と円を対象とする本件定期預金契約をし、同預金契約は、上告人東京支店が日本国内において行う一般の銀行取引と同様、定型的画一的に行われる附合契約の性質を有するものであるというのであり、この事実に加えて、外国銀行がわが国内に支店等を設けて営業を済む場合に主務大臣の免許を受けるべきこと、免許を受けた営業所は銀行とみなされること(銀行法三二条)等を参酌すると、当事者は本件定期預金契約上の債権に関する準拠法として上告人東京支店の所在地法である日本法を黙示的に指定したものと解すべきである。したがつて、右と同旨の認定判断のもとに、本件定期預金契約が訴外会社の上告人香港支店に対する当座貸越債務を担保するため締結されたということは、本件定期預金契約をするに至つた縁由たる事情にすぎず、これによりその準拠法を香港法とする旨の黙示の意思表示がされたものとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
民法三六四条一項は、指名債権を目的とする質権の設定を第三債務者その他の第三者に対抗するためには、同法四六七条の規定に従い確定日付のある証書をもつて第三債務者に通知をし又はその承諾を得ることを要するものと定めているが、前記のとおり本件債権質には日本法の適用がある以上、右の規定も適用されるべきは当然である。論旨は、右通知・承諾が債権質の方式にあたるものとして法例八条二項本文の適用ある旨を主張するけれども、この通知・承諾は、債権質の効力に関する要件であると解すべきであるから、これを法例八条にいう法律行為の方式にあたるものとする論旨は、その前提において失当である。原審は、物権であることにつき疑いのない本件債権質の方式については、法例八条二項但書により行為地法によることができず、同条一項によつて本件債権質の効力に関する準拠法である日本法によらざるをえないと判示したが、結局は本件債権質の成立及び効力につき日本法を適用するに帰しており、所論の点は結論に影響を及ぼさず、上告適法の理由とはならない。論旨は、採用することができない。
同第四点及び第五点について
原審の確定したところによれば、上告人香港支店は、同東京支店に対し昭和四〇年一二月二〇日到達の書面をもつて、訴外会社に対する前記当座貸越債権を清算するため本件定期預金の送金依頼をしたが、東京支店では、当時における日本政府の外国為替管理政策上右送金許可を得ることが困難であると判断してその許可手続をとらず、帳簿上はもちろん、現実にも本件定期預金の解約、弁済充当の措置をとらないまま、本件転付命令送達後の昭和四七年四月東京支店の定期預金口座からアンクレイムド・バランスに振り替えて本件定期預金の元利金を保留していたというのである。右事実関係のもとにおいて、本件定期預金契約が本件転付命令送達前に解約され、訴外会社の上告人香港支店に対する前記債務に弁済充当されたものとは認め難いとした原審の判断は、正当として是認することができる。また、上告人香港支店と同東京支店とは、上告人の支店相互の関係ではあるが、前記のごとく日本国内にある外国銀行支店は、主務大臣の免許を受けて銀行として営業活動を行つているものであるから、上告人東京支店が本件転付命令の送達前に本件定期預金契約を解約し同香港支店へ送金する手続をとらずこれを保留していた以上、同香港支店が高春木との間でした上告人主張の保証契約の成否について判断するまでもなく、右保証契約による債権と本件定期預金契約上の債権とを相殺することは許されないものというべく、上告人の右相殺の抗弁を排斥した原審の判断は、結論において相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(藤崎萬里 岸盛一 岸上康夫 団藤重光 本山亨)
上告代理人小中信幸、同外山興三、同長岡敏満の上告理由
第一点 原判決は、法例第一〇条第一項の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。
一、法例第一〇条第一項は「動産及ヒ不動産ニ関スル物権其他登記スヘキ権利ハ其目的物ノ所在地法ニ依ル」と規定する。右の規定は、物権の準拠法についてその目的物が動産か不動産かを問わずいずれもその目的物の所在地法に依るとするものである(所在地法主義)。ところで、同項の「動産及ヒ不動産」の概念については、学説上この両者を含む「物」の意であるとされ、さらに「物」とは支配可能な有体物を意味すると解されている。従つて同項の「物権」とは、「物」に関する物権であるから「物」に関しない広義の物権は含まれない(久保・国際私法講座第二巻三八八ページ、折茂・国際私法(各論)(法律学全集新版)八九ページ)。このことは、所在地法主義の根拠に関する我国学説の通説である所在地法主義の根拠に関する公益説(久保・前掲三八七ページ、江川・国際法外交雑誌三一巻一〇号九ページ等)に照しても明らかである。
二、債権質は、民法において質権の一つとして規定されているが、有体物を目的とする通常の質権とは、その成立要件、対抗要件及びその効果において異つた取扱いを受け、その権利本来の性質として、物権と解すべきか否かについて民法学上論争があり、物権ではなく準物権と解すべきであるとの有力な学説のあつたことは周知であり、少なくとも法例第一〇条第一項の解釈として同項の「動産及ヒ不動産ニ関スル物権」に含まれないことは明らかである。債権質の目的は債権であつて、その「所在地」がない以上、所在地法主義を採用した同項の適用がないことはむしろ当然というべきである(沢木・国際私法入門二〇二ページ)。
三、ところが原判決は、「本件担保設定契約」を「債権質設定の合意」と解し、その準拠法を決定するにつき法例第一〇条第一項の解釈として、「権利質のように、その目的物が財産権そのものであつて、有体物でないときには、直接その目的物の所在を問うことができないから、結局権利質の客体である財産権自体についてそれを考えざるを得ない」「客体たる財産権が物権であればその物権の目的物の所在地法をもつて、また債権であればその債権の準拠法をもつて、権利質契約の準拠法とすることになる」と判示する(原判決二七帖)。右判示は、「動産及ヒ不動産」、即ち有体物に関する物権の準拠法に関する規定である法例第一〇条第一項を、目的の「所在地」もなく「動産及ヒ不動産ニ関スル物権」でもない債権質の準拠法について適用するものであり、右規定の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。
第二点 原判決は、法例第八条第二項の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。
一、法例第八条第一項は、「法律行為ノ方式ハ其行為ノ効力ヲ定ムル法律ニ依ル」と規定し、同条第二項本文は、さらに「行為地法ニ依リタル方式ハ前項ノ規定ニ拘ハラス乙ヲ有効トス」と規定する。これらの条項の関係は、前者が「実質の進拠法」であるのに対し、後者が「行為地法」とされ、それぞれ「方式の本則」と「方式の補則」の関係にあり、両者は選択的であるとされることについては異論がない。ここにいう方式には、法律行為の成立要件である方式はもちろん、対抗要件である方式も含まれる(山田他・国際私法講義一一四ページ、江川・国際私法(改訂版)一〇三ページ、沢木・国際私法入門一七七ページ)。従つて、本件において仮に債権質設定契約ないし債権質設定行為の実質の準拠法が原判決の判示するように日本法であるとしても、その成立要件及び第三者に対する対抗要件である方式については、その行為地法である香港法も「方式の補則」としてその準拠法となると解すべきである。
二、原判決は、本件債権質の方式について法例第八条二項但書の規定によつて方式の補則の適用を排除しているから、行為地法によることができないと判示するが、右の判示は、同条第二項但書の規定の解釈適用を誤つたものというべきである。
法例第八条第二項但書は「但物権其他登記スヘキ権利ヲ設定シ又ハ処分スル法律行為ニ付テハ此限ニ在ラス」と規定するが、右規定は、「動産及ヒ不動産ニ関スル物権其他登記スヘキ権利ハ其目的物ノ所在地法ニ依ル」と定める法例第一〇条第一項の規定と丁度表裏の関係にある。即ち、法例第一〇条第一項によつて「動産及ヒ不動産ニ関スル物権其他登記スヘキ権利」については、その対抗要件等の方式を含め、その目的の所在地法を準拠法とするからこそ法例第八条第二項但書によつて「方式の補則」の適用を排除するのである(斉藤・国際私法講座第二巻三七一ページ参照)。従つて、法例第八条第二項但書には、単に「物権其他登記スヘキ権利」と規定するが、そこでいう「物権」とは、法例第一〇条第一項にいう「動産及ヒ不動産ニ関スル物権」と同一でなければならないところ、法例第一〇条第一項の「物権」は、有体物に関する物権であつて、債権を権利の客体とする債権質がそれに含まれないことは前述したとおりである。従つて、法例第八条第二項但書によつても債権質設定行為について行為地法による「方式の補則」の適用が排除されることはないといわなければならない。
三、「本則」又は「補則」として、「行為地法」を方式の準拠法に認めるのは、実質の準拠法の定める方式上の要件が行為地においても強制されることによつて円滑な取引の遂行が妨げられる事態を回避するために国際的に承認された国際私法上の原則、慣行である。本件についてみると、上告人香港支店が、上告人東京支店に対し、日本法のもとでの第三者に対する対抗要件である確定日付のある書面による債権質設定の通知・承諾あるいは確定日付のある質権設定契約書担保差入証書の作成を要求することは、殆んど不可能を強制するに等しい。香港にも公証人制度はあるが、当然のことながら債権質設定の通知・承諾の確定日付あるいは質権設定契約書、担保差入証書の確定日付を付与することはかの地においては行われていない。香港法上預金証書の適法な裏書交付を受ければ、「衡平法上の譲渡(equitable assignment)」(債権の譲渡担保設定契約あるいは債権質設定契約類似の行為)として有効であり、対第三者に対する関係においてもそれ以上何等の対抗要件具備を必要とせず、上告人香港支店は、それを前提に訴外高春木から本件担保設定を受けたとしても無理からぬことであり、上告人香港支店に対し、たとえ同一法人内のことであつても他の営業所に対する定期預金を担保として受け入れるときは、やはり確定日付ある通知等を必要とするという日本の判例まで調査し、日本法の要求する対抗要件を具えることを要求することは不可能を強いる以外のなにものでもない。このように、確定日付ある通知等が必要であることを事実上知りえない上告人香港支店が、日本法による対抗要件を具備しなかつたという理由で上告人の本件担保設定を第三者に対して対抗できないとするのは、著しく公平の観念に反するというべきである。
四、結局において、原判決には法例第八条第二項の解釈適用を誤つた違法があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。
第三点 原判決は、本件定期預金契約の準拠法の判断につき経験則違背、審理不尽の違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。
一、原判決は、「本件債権質の客体は契約債権たる定期預金債権であるから、その準拠法は、(中略)右契約時の諸般の事情を勘案して当事者の黙示の意思を問うことになる。……特段の事情のないかぎりその営業所の所在地法である日本法によるべきことを黙示的に指定する意思であつたと推定するのが相当である」としたうえ、「本件定期預金契約が当時香港で右高春木が代表取締役をしていた訴外会社と控訴人香港支店との間の当座貸越取引の一環として、その債務担保のために締結されたものであり、かつ、右香港での継続的取引と密接な関連があつて、その関係は主債務と保証契約の例のごとくであり、それが東京で締結されたのは、同人の住居や資金調達の関係によるなどの偶然の事情にすぎない」との上告人主張の事情は、「契約の動機・縁由に関する事情であつて、本件定期預金契約そのものに直接関連・結合する事情とは認めがたく、」「本件定期預金契約の準拠法を香港法とする旨の黙示の意思があつたと認むべき特段の事情とはなしがたい。」と判示している(原判決二七―二九帖)。
二、しかしながら、本件定期預金契約は、原判決の右契約締結の経緯に関する認定により明らかなとおり、訴外会社と上告人香港支店との当座貸越取引の一環というより、むしろその前提をなすものであつて、訴外高春木が本件定期預金契約を上告人東京支店との間に締結しなければ、右当座貸越取引が行われなかつた事情にあり、これ以上の「直接関連・結合する」関係はないというべきである。これを「単に契約の動機・縁由にすぎない」とする原判決の判示は、明らかに経験則に違背し、審理不尽の違法があり、右の違法は、判示の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。
第四点 原判決は、本件定期預金の解約、弁済充当についての判断をするにつき審理不尽、理由不備の違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。
一、原判決は、上告人香港支店が上告人東京支店に対し、昭和四〇年一二月二〇日到達の書面により、本件定期預金契約の解約とその送金を依頼したが、「上告人東京支店では、当時の日本政府の外国為替管理政策上送金許可を得るのは困難であろうとの判断のもとに、右送金手続をせず、したがつて、帳簿上はもちろん、現実に本件定期預金の解約・弁済充当の措置がとられないで……なお上告人東京支店が本件定期預金の元利金を保留している」(原判決二六帖)から本件転付命令送達前に本件定期預金債権が被担保債権の弁済に充当されたと解することはできない旨判示している。
二、訴外会社の上告人香港支店に対する当座貸越契約による債務を担保するため、訴外高春木が上告人香港支店に対し本件定期預金証書を裏書交付した行為は、「衡平法上の譲渡(equitable assi-gnment)」として債権の譲渡担保設定契約ないし債権質設定契約類似の性質を有するものであつて、上告人と訴外高春木との契約当事者間においては、被担保債権の弁済期経過とともに上告人において何らの特別の手続を要することなく本件定期預金債権元利金を被担保債権の弁済に充当することができたのである(乙第二〇号証の一、第三一号証の二参照)。従つて被担保債権の弁済期経過後の本件定期預金債権の解約、弁済・充当(担保権の実行)は、同一法人に属する上告人香港支店と上告人東京支店のいずれかが担保設定者である訴外高春木に対しその旨の意思表示をすることによりその効力が発生することはむしろ当然である。従つて、上告人香港支店の代理人プラツトン・アンド・カンパニーが訴外高春木に対してなした昭和四〇年五月二六日付書面(乙第二一号証の二)による条件付担保権実行の通知はもちろん有効であり、その結果条件が成就した同月三〇日に本件定期預金が解約されるとともに被担保債権に弁済・充当され消滅したことは明らかである。
三、しかるに、原判決は、上告人東京支店が、上告人香港支店から昭和四〇年一二月二〇日到達の書面による依頼を受けても本件定期預金の元利金に関する日本政府の送金許可手続をとらなかつたことのみを理由として上告人(東京支店)が本件定期預金の解約、弁済充当の措置をとらなかつたと判示している。しかしながら、原判決の右判示は、本件定期預金の解約、弁済充当に関する上告人の訴外高春木に対する意思表示(乙第二一号証の二による条件付担保権実行の通知)と上告人の内部における支店間の決済手続とを混同するものであり、そのため前述のとおり上告人の内部的な手続について認定したのみで本件定期預金の解約、弁済充当に関する上告人の主張を排斥し、反面上告人の主張する昭和四〇年五月二六日付書面(乙第二一号証の二)による条件付担保権実行の通知の効力については何らの判断を示さないという結果になつている。なお、上告人東京支店の本件定期預金に関する帳簿上の処理が上告人の内部的な手続にすぎず、上告人の訴外高春木に対する意思表示の効力を左右するものでないことはいうまでもない。
四、以上のとおり、原判決は審理不尽、理由不備の違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。
第五点 原判決は、訴外高春木の上告人に対する保証債務の成立に関する香港法の解釈適用を誤り、且つ審理不尽、理由不備の違法があり、その違法は、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。
一、原判決は、訴外高春木が代表取締役であつた訴外会社の上告人香港支店との当座貸越契約に基づく債務(原判決別紙被担保債権目録記載の債務)につき同人が個人として保証をしたか否かの点について、乙第二七号証の一九六五年六月一四日付訴外高春木の上告人香港支店宛の書簡写の原本の存在と成立を認め、且つ同書簡末尾に「同社(訴外会社)の貴行(上告人香港支店)に対する債務については、私が保証人として支払いの責任を負いますのでどうぞご安心下さい」との記載と同人の署名があることを認定しながら、結論としては右は単なる通信文であつて法律上の保証契約書の体裁を具えたものとは認めがたいから、同人の上告人に対する保証は認められない旨判示している。
二、さらに原判決は、香港法における保証の成立に関し、「香港法における保証契約(suretyshipまたはguaranty)は、書面によらなければならず、その責任を負担する当事者またはその者に委任された者によつて署名されたものであることを要することが認められるから(特にsuretyshipとguaranty)は時に混同して用いられるが、英法においてsurety-shipは捺印金銭債務証書の意に用いられていることが顕著である。)、右保証契約は、契約時における保証人(またはその代理人)の署名ある書面をもつて要式行為であると認められる」(原判決三二丁)旨判示し、右判示を前提として乙第二七号証の書簡が右に要求される法律上の契約保証書の体裁を具えているものではないと判示している。しかしながら、右の説示は、香港法(英法)上の保証(guar-anty又はsuretyship)の成立に関する原審裁判所の誤つた理解少なくとも極めて不十分な理解にもとづくものであるといわざるをえない。就中、右判示中の「特にsuretyshipとguarantyは時に混同して用いられるが、英法においてsuretyshipは捺印金銭債務証書の意に用いられることは顕著である」との判示部分は、原審裁判所の独断的な判断であり、この誤つた認定が訴外高春木の保証を否定する誤つた結論を導くに至つた重大な理由となつていると思われる。
三、原判決は、法律上の保証契約書の体裁とは何かということについて何らの判示をしていない(この点で理由の不備がある)が、原判決の前記判示から推察すれば、香港法上の保証は、捺印金銭債務証書(英語ではbondであり、証書中に当事者の署名の外シール(一定の要式に従つた印章)を要求される)又はこれに準ずる程度の形式を備えた保証契約書が必要であるとの判断をしているものと思われる。
そして、このような判断にもとづいて乙第二七号証の書簡は右のような形式を具えた文書ではないという理由でこれが法律上の保証契約書の体裁を具えていないとの結論を判示しているものと思われる。しかしながら、香港法(英法)上の保証が捺印金銭債務証書あるいはこれに準ずる保証契約書の形式を具えた書面によるのでなければ有効に成立しないという判断は、明らかに香港法(英法)の解釈適用を誤つており、香港法(英法)上は、乙第三二号証の二において香港のバリスターであるジヨン・スエイン氏(原判決はジヨン・スエイン氏を上告人の顧問弁護士と判示しているが、これは明白な誤りである。バリスターはソリシター(事務弁護士)の顧問とはなりえても私人の顧問にはなることができない)が述べているように乙第二七号証のような書簡によつても保証が成立するのであり、この点を明示し、あるいは裏付ける英国裁判所の多くの判例がある(例えばJo-nes v. Wiliams (1841) 7M. &W. 493)なお、香港法(英法)上保証を意味する用語としてguaranty(ないしguarantee)とsuretyshipの二つがあるが、この二つの用語は一般に同義語として用いられている(米国法上はやや異なる)。このことは英国法の最も権威があり、かつ標準的な解説書であるHalsbury's Laws of England(以下「Halsbury」という)にGuarantyの章があつても、SuretyshipはGuarantyの章を引用しているにすぎないことでも明白である。そして、保証人の意としては、guarantorの用語が使用されることがあるが、むしろsuretyの用語の方が一般的である。
四、香港法(英法)上保証について原則的に書面を要するとされる根拠については、英国の一六七七年詐欺防止法(Sta-tute of Frauds)が存在するが、Hals-buryの解説によれば、「英国の普通法(コモン・ロー)においては、保証について書面による証拠を要するものではなく、従つて元来他の契約と同様の方法によつて証明することが出来た」が、虚偽の証拠または不確実な会話の証拠によつて保証が認められる危険性を防止するため立法(詐欺防止法)が介入した」のであり、従つて「右立法は単に証拠方法の制限に関する立法である」(Halsbury Vol. 18 P 423. 424参照)。要するに、詐欺防止法は、一般的に保証契約(その他のある種の契約)にもとづいて訴訟上の請求をする場合に証拠方法としての契約の成立を証する書面の存在を要求しているにすぎず、保証契約の成立そのものについて書面による要式行為性を規定するものではない。Halsburyの解説によれば、訴訟上被告が抗弁として保証契約の存在を主張する場合や弁護士が保証をした場合には書面の提出さえ要求されていない(Vol. 18. P. 425)。さらに、被告が詐欺防止法の抗弁を提出せずに保証の存在を認めるときは、書面の提出を要することなく原告の請求を認容する判例もある(Lucas v. Dixon, 22. QB. D357CA)。さらに、詐欺防止法が要求する書面の形式については、特段の限定がなく、通信文である書簡の中に保証の趣旨が記載されており、且つその者の署名があれば詐欺防止法の要件を具備する旨判示する判例がある(前掲Jones v. Wil-liams,)。
五、以上のとおり香港法(英法)上保証契約は書簡の形式によつても十分成立することは明らかであるが、乙第二七号証の書簡は訴外高春木が上告人香港支店に対して保証をしたことを証する書面として十分な体裁を具えているものといわなければならない。原判決は、乙第二七号証には格別主債務の特定的表示もない旨判示しているが、乙第二七号証の末尾の文言をその他の文言とあわせて読めば、訴外会社の上告人香港支店に対する当座貸越契約上の債務を担保するため乙第二七号証作成者、署名者である訴外高春木が個人して保証人としての責任を負うことを約していること、すなわち保証の対象である主債務が特定されていることは明らかである。それにもかかわらず、原判決が十分な理由を判示することなく訴外高春木の保証の成立を否定したのは、その準拠法である香港法(英法)の解釈適用を誤り、且つ審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならず、その違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄されるべきである。